2007.02.28 Wednesday

「好き」の違い

子供には「好き」と「依存」の違いが分からない。
子供は親に依存している。
親に捨てられたら生きていけない。
親に好かれなければならない。
だから親に聞く。
「あたしのこと好きー?」
だから親に媚びる。
「ママ、パパ、大好きー」

だがそれは「好き」ではない。
それは「依存」だ。
そして幼稚な恋愛にはその混同が持ち込まれる。

相手に自由を与えて、相手を自由にして、
それでも相手の味方でいられるなら、
それは「好き」なんだろう。

相手を自分の思い通りにしたいなら、
相手を支配したいと思うなら、
それは好きなんじゃない。
それは依存だ。

俺は自由だ。
君も自由だ。
俺たちは自由だ。
それにもかかわらず、俺は君の味方でいられる。
それは素敵なことだ。
君は素敵だ。
ありがとう。

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2007.02.12 Monday

嫉妬について

今、ステナック博士の「私をコントロールしないで!」を読み返している。そこで紹介されている「嫉妬」についての考え方は、忘れずに憶えておきたいものだ。以前にも簡単に紹介したが、改めて引用しておく。

「嫉妬については、ためになる法則が一つあります。その人の自信の程度は、嫉妬の度合いに反映される、というものです。自己不信の表れ方はいろいろですが、中でも一番はっきりしているのが、嫉妬です。嫉妬とは、愛の仮面をつけたコントロールにすぎません。愛情と嫉妬には一切何のかかわりもありません。嫉妬は単なる所有欲の表れにすぎず、所有欲とは、愛情には関係のないものなのです。嫉妬に駆られるのは、自分には価値がないことを暗に認めているのと同じことです」

もし自分が嫉妬を感じるなら、それは自分が無価値感と敗北感に打ちのめされているということだ。嫉妬してない振りをしてみても意味がない。それでは幸せにはなれない。自分の無価値感と敗北感を癒すことだ。自分自身の心から逃げないことだ。

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2007.02.09 Friday

心が追いつく

S子が俺のパートナーに相応しくないことは直感では分かっていた。が、振られて見捨てられる苦痛からそれを納得できないでいた。ようやく心が追いついた。彼女は俺には相応しくない。理性では始めから分かっていた。彼女の行動は混乱している。それは彼女の内面の混沌を表している。知れば知るほど、彼女のだめさ加減が明らかになる。直感と理性では分かっていた。コイツはやばい、と。だが心が追いつくには時間がかかるんだなぁ。S子の混沌は、彼女が親から受け継いだものだ。支配的な母親と、存在感のない父親。彼女の家は破滅の家だ。俺はそんな家族とは係わり合いになりたくない。俺は彼女の親は嫌いだ。彼女は自分の親が嫌いじゃないと思い込もうとしているが、俺は嫌いだ。今の彼女を作ったのは彼女の親だ。子供をダメにする親。気持ち悪い。

R美ちゃん、かわいいなぁ。

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2007.02.01 Thursday

パートナーの条件(2)

 パートナーの条件については時々考える。あれやこれやと注文つけて欲を張るのは意味がない。現実を見ない空虚な高望みだ。せいぜい三つ。自分にとって最も重要な三つの条件。それを考える。そしてそれは自分の成長の度合いによって変化してきた。今の自分が望むパートナーの条件は以下だ。
・可愛いこと
・心が健康であること
・知性があること
これは高望みか?そうは思わない。これは譲れない条件。それが幸せへの道だと思うから。

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