2006.09.24 Sunday

底なし沼での生活

心を消耗させる底なし沼とどう対するか。

決まっている。

近づかないことさ。

じゃあなぜ気になるのか。

満たされない思いがあるからさ。

距離を取って、忘れちまった方が楽だし効率的だ。

だが物理的な距離を取れない。

従って心理的な距離を取るのも難しい。

日々消耗するが抜け出すことが事実上禁止されている。

そんな鬱陶しい状況でどうするか?

消耗を強いられれば恨みがたまる。

ためすぎれば心が潰れる。

だから時々吐き出すのさ。

敗北感、屈辱感、徒労感。

毎日心の傷をえぐられ続ける。

しかし抜け出すことは許可されていない。

ひどい状況だ。

心が磨耗して無感動になってもおかしくない。

抜本的な改革が必要。

手は打っている。

だがまだ時間が掛かる。

それまで持つのか…?


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2006.09.24 Sunday

重要なのは

一緒にいてお互い自然体で安らげるか。

それが重要。

そのために、お互い認め合えているか。

それが必要。

でも惹かれるのは自分にないもの。

異質なもの。

それを魅力に感じる。

じゃあ相手の異質さを認めて尊重できるか?

できなければ、はじめ心惹かれたものがいさかいの原因になる。

受け入れるには、理解が必要。

どこまで相手を理解できるか。

道のりは続く。

理解して、やっぱり自分とは合わないってこともあるしね。


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2006.09.24 Sunday

ゆがんだ卑下の底なし沼

言っておくが、私は自分が大切なのだ。

だから私は私を大切にしてくれない相手とは一緒にいられない。

それが自分自身に対する義務だと思ってる。

自分の務めを果たせ。

S子はお子ちゃまだよ。

むしろ捨て子だ。

自分を消して人の顔色を伺う。

周りに合わせ過ぎて自分がなくなってしまった。

だがそれで本人の心が清く澄み渡るわけじゃない。

むしろ屈折したひずみがたまる。

そんな蓄積した鬱憤をぶつける相手にされるのは御免だ。

ゆがんだ自己像。

自己卑下と裏腹の欲求不満。

生きる、力を、吸い取られる。

底なし沼だ。

消えちまえ。


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